常磐道をバイクでひたすら北にいくと・・・
止められるんだよね~
と思いながら、限界点見てみたい!と思って行ってみました。
いきなりですが、
こんな感じ。
右にちらっと映っているのがMyBike。
これは富岡町です。
二輪や歩きの人はこの先はダメなのです。
遠目から写させてもらいましたが、こんなふうに封鎖していました。
震災前の富岡駅か・・・
ということは今は違うのねと思って見に行きました。
富岡駅はあまり現代的な、悪く言えば、仕方ないですが、テイストのない駅舎になっていました。
駅にはこのようなクルマが横付けされたり。
よくわからないですが、すぐ近くの海には海上保安庁の巡視船が停泊
薄汚れてもいない踏切の路盤が返って悲しい感じがします。
また、駅の周りは広々していて、あっても新興住宅地のような真新しい住宅のみ。
その後いわき方面に戻りながら楢葉町に入って天神岬の公園に寄りました。
公園にはきっちり記録が書かれた掲示板が建てられています。
後世に記録を残しておくことが必要ですね。
とんでもない目にあったこの地域は自然エネルギーの活用のために頑張っているみたいです。
公園内にもこのような機器が備えられています。
この地域ではこういった目に見える数値が大事よねと思いました。
公園から下に降りて大きな堤防を見させてもらいました。
巨大な建造物という以外形容のしようがありません。
釣りを楽しんでいるおじさん。
昔に比べたら釣りも面倒になったなぁなんて思っているかもですね。
MyBikeは大きいのですが、ものすごく小さく見えませんか。
堤防を何か点検する穴のようですが、こんな小さなふたにも気合を感じてしまいました。
波立トンネルという場所の近く。
こんな風光明媚な場所ももちろん残っています。
けど、ほこらの屋根だけ残されちゃった?みたいな。
塩屋崎灯台にも回ってみましたが、時間が遅くて登れませんでした。
翌日は「廃炉資料館が良いよ」と言われて行ってみました。
これも今の日本の現実・・・
それを思い知ったツーリングになりました。
津波・原発事故など、悲しい出来事でしたが、地域の人たちは今もみんな気合十分で戦っている。
そんな様子でした。
国道6号線など、トラックがひっきりなしに走っていて、たまに渋滞まがいのこともあり、まだまだ臨戦態勢を敷いてますみたいな感じ。
これはこれで頼もしく感じられたり。
廃炉資料館では、これはいろいろな意向があってか、東電側の妙にかしこまった物言いが反対に気になりましたが、一歩一歩作業を進めているというのが良く分かりました。
大掛かりに見えて、実際大掛かりではあるのでしょうけれど、炉の直径は4mと書いてあったかと。
たった4mのものであれだけの膨大なエネルギーを生み出すのも驚異的だし、それに翻弄されまくっているのもこれまた驚く限り。
自分としては、東電やっちまったな・・・というより、東電頑張れ!の気持ちが強いんだなということも我ながら感じました。
ロボットで対応せざるを得ないということで、様々なロボットを研究しながら投入中ということも分かったりしました。
塩屋崎灯台、以前灯台下でカキを食べたような記憶があるのです。
でも、閉まっていましたが小綺麗なちょっとしたお土産屋さんがあるだけでカキを食べさせるようなお店は見当たらず。
すでに廃業されていたのか、津波の被害に会ったのか。
すこし悶々とした気持ちになりました。
また、ちょっとショックだなと思ったのが、
富岡→楢葉→いわきと事故を起こした原発から離れるにつれ、明白に小さくなっていく放射能の数値。
富岡にしても日常生活に支障はない数値でしょうけれど、あの数値の変化を感じるとやはりショックはショックです。
バイクは行けないのね~というあっさりした気持ちとは違ってきます。
もともと社会科見学のつもりで立てたツーリングプランでしたが、本当によいツーリングになりました。
楽しくはなかったけど、戦っている日本という国の一部が見られたような気がして、まだまだ~というのが頼もしいなと思いました。
あとは付録の写真を載せて終えます。
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